真赤―まそほ―

賽は投げられた・其の弐



 「子孝、今週末、空いているか?」
 社長室へ必要な資料を届けに行くと、不意に曹操が聞いてきた。
 「週末ですか?」
 「ああ、いい店を見つけたので、皆で行かんか」
 「……申し訳ありません、週末は先約が」
 「ほう、誰とだ? ……と、愚問だったか」
 曹操はにやりと笑う。曹仁はその笑みに恐ろしさを感じつつも首をかしげた。
 「李典とだな?」
 「……はい、その通りですが、何故お分かりに?」
 「恋人のいる男が、週末に用があると言えばそう考えるのが普通だろうが」
 問いかければ呆れたように曹操は言う。ああ、と曹仁は納得した。次いで、恋人、と言われて気恥ずかしさも覚える。
 「どうだ、李典とはうまくやっているか? 仕事の様子を見ていると順調なようだが」
 「そうですね、滞りなく仕事は進んでいます」
 「ではあちらの方はどうだ?」
 「あちら?」
 「とぼけるな。今週末、予定が入っているんだろう。お前、男は初めてだろうにうまくやれているのか?」
 「…………何がでしょうか?」
 曹仁は曹操の言っていることがいまいち理解できなかった。週末に会う約束はしているが、何がどううまくやっているのか。確かに男と付き合うのは初めてだが、特に喧嘩もなく(言い合いはすでに日常茶飯事なので)うまくやっていると言えばやっているだろう。だが、それでどうして、そんなからかうような意地の悪そうな笑みを向けられるのか分からない。
 「……お前、本気で言っているのか?」
 「ですから、何がでしょう」
 そう答えれば、曹操は眉をひそめてから、盛大なため息をついた。
 「……子孝、改めて聞くが、今週末、李典と予定が入っているのだろう」
 「はい」
 「それはどういう予定か聞いても良いか」
 それくらいは、隠す必要もないので曹仁は素直に答える。
 「あいつに手料理を作ってやる予定です。俺はあんまり料理が作れなさそうだと思っているようなので」
 「ほう、それから?」
 「それから……とは?」
 もう一度、曹操がため息をつく。その様子に曹仁は困惑するしかない。何かまずい事でも言ったのだろうか、と考えるが答えは出てこなかった。
 「週末とはお前が言い出したのか?」
 「いえ、李典です。まぁ、週末なら飯を食って飲みすぎても、次の日に響きませんしいいかなと。あいつも遅くなって家に帰っても大丈夫ですし」
 「…………わしは心底李典に同情するぞ」
 首を振り、曹操はこちらを憐れむような視線で見上げてきた。
 「お前、そんなのだから今まで付き合ってきた女と結婚できなかったんだぞ」
 「な、なんですかそれは」
 突然昔のことを挙げられて、曹仁はわずかばかり鼻白む。曹操の言うとおり、曹仁は過去にそれなりに女性と付き合っていたが、いい歳だというのに結婚をするには至らなかった。女性が皆、曹仁の元から去ってしまうのだ。
 「お前は鈍い。鈍すぎる。女心をちーとも分かっておらん」
 「……社長、李典は男ですが」
 「細かいことは置いとけ。男だろうが女だろうが、付き合っている者同士が、週末、次の日休みだという夜に、一つ屋根の下、同じ部屋で過ごすというのに、何にもせずに終わっていいのか! いかんだろうが! 次の日の予定がないということは朝遅くなってもいいということだ、つまり、泊まって一緒に夜を堪能するということだろう!!」
 「………………」
 物凄い勢いで言われたが、さしもの曹仁もそれで気が付いた。要するに。
 「しかも李典の方から週末がいい、と言ってきたのだろう。それは自分はOKだということではないか!」
 「お、OKって」
 「そこまでわしに言われなきゃ分からんほど鈍いのかお前は」
 いや、分かる。分かっている。しかし頭の中が微妙に混乱していた。週末で次の日は休みで、泊まるのが前提でOKとはつまり。
 そうだ、そうなのだ。付き合うとはそういうことだ。あれから、時折口づけるくらいはしていたが、それで赤くなる李典が可愛らしく、それを見ているだけで満足している自分がいた。今まで男をそういう対象に見たことが皆無なので、そちらの先の方まで考えが及んでいなかったが、恋人であるなら、そういうこともあるのだ。
 「……り、李典はそのつもりで言ったのでしょうか」
 「先ほども言っただろう、李典から、週末がいい、と言ってきたんだろう。なら間違いはない。違っていたらまぁ、一発殴られておけ」
 無責任な発言に頭を抱える。
 「……そういう覚悟はまだつかんか?」
 「………………」
 「まぁ、別に、本番をしなくてはならんというわけでもないしな。しかしできんからと言って追い返すんじゃないぞ。一緒に眠るだけでも幸せなものだ」
 「は、はぁ……」
 曹仁は曖昧に返事をした。
 「ん? ちょっと待て、よく考えたら……」
 「な、なんですか」
 不意に曹操が片眉を跳ね上げて顎に手を当てる。まだ何かあるのか、と曹仁は身構えた。
 「いや、体格差でそう思い込んでおったが、もしかしたら違うかもしれんしな」
 「だからなんですか」
 前を気をする曹操に、曹仁は少し苛立って声を上げる。
 「女役はどっちだ」
 「──────」
 「李典とて男だろう。ならばそう言う可能性も無きにしも非ずではないのか?」
 そう言われて曹仁は、一間おいてから言葉の意味を理解して、どっと冷や汗が出た。




前頁次頁



仁さんは過去に付き合っていた女性と同棲とかしてた時期もありました。しかも付き合った女性はだいたい、女性の方からの告白か、一緒にいて自然とそうなったかのどちらか。しかし付き合えば仁さんはちゃんと相手を大事にします。大事します。が。

女性が仁さんのために綺麗にしても、そんな格好して寒くないか?とか明後日の方向のセリフを吐きます。浴衣を着ていたら『歩きづらそうだなぁ』とか。仁さん自身は心配したり、相手を気遣っているつもりですが、女性としてはここは似合っている、とか言ってほしいところ。だのに結構昔気質でちょい短気で仕事関係であれこれ心配して言うと口出しするな!とか怒るので、自然と離れて行ってしまうことに……。

李典さんの場合、怒鳴られようが明後日の方向の心配されようが、こんこんと仁さんが理解してくれるまで付き合います。でもって仁さんを立てるときは立てる。基本、一歩後ろの位置。

戻る

designed