星影さやかに
「本多殿に釣りの才はないな」
「!!?」
「だが、才はなくとも回を重ねれば自ずと得るものもあるだろう」
「……!!」
「まぁまぁ本多殿、そう落ち込まずとも…なにかしら欠点のあってこそ“人”というもの。それに榊原殿は貴殿をからかっているだけですから」
「……!!?」
「あ、直政にはバレていたか」
「当たり前ですよ。貴殿は優しいお人ですが少々口が悪い」
「!!?」
「すまんすまん、本多殿。一生懸命な貴殿を見ていると、ついつい」
「!!!」
「あぁッ、本多殿も拗ねないで下さい!」
自分の居ない場所での本多忠勝を見たのは初めてだった。その温かなやりとりに“人”として受け入れられていると知り安心する。それと同時に一抹の寂しさが竹千代の胸を過った。声を掛けようとしても、ヒュウと空気の漏れる音がしただけで言葉にならない。
「竹千代様?」
後ろから酒井忠次の声がする。
「なんでもねぇ、なんでもねぇから…」
振り返らず、竹千代はそのまま一気に走り出した。
(その穏やかな目の光も、焦ったような駆動音も、落ち込んで小さくなる背中も、タダカツの全てが自分へ向いていて欲しいだなんて…)
胸の内へ生じた感情が、ドロリと絡み付いて声を封じる。いつから己はこんなにも身勝手で醜悪な願いを抱いたのか。考えても分からない。それでも胸が痛くて仕方なかった。
だから今の顔を誰にも、特にタダカツに、見せたくない。
ただそれだけを思い、ひたすらに竹千代は走り続けた。
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