星影さやかに
月なき夜に幾多の星が連なり、蘭月の天で光の大河を成していた。
夜空を見上げる竹千代の周囲に、小さな燐光が現れては消える。やがて、燐光がひとつ竹千代の肩に留まった。
「……?!」
異変に気付いた本多忠勝が警戒態勢に入る。竹千代は小さく微笑み、動こうとする本多忠勝を制した。
「なんでもねぇ。ただの蛍だ、タダカツ」
「……??!」
「ん?蛍を知らねえのか」
竹千代の視線に気付いたのか、肩にあった淡い光がスッと闇の中へ流れて消える。その姿を竹千代は名残惜しげに見送った。
「蛍は死んだ“ヒトの魂”」
背中越しに本多忠勝が動作を止めたのが伝わってくる。
「誰かが、会いに来てくれたのかも知れんな……」
目を閉じれば懐かしい人たちの面影が目蓋を過った。それらを振りきる様に目を開き、竹千代は手にした槍を強く握る。
「…タダカツはワシが守る」
あの時、落下の衝撃から竹千代を守る為に本多忠勝がとった行動は『落下予想地点の砲撃』だった。大量の支援兵器が巻き上げる爆風が落下速度を落とす。本多忠勝は、竹千代をしっかりと腕に抱き、生き残ったRCS(姿勢制御システム)を起動させて着地の反動を最小限に抑えた。
しかし、その代償は大きい。
今、本多忠勝の背に立葵のバックパックはなかった。設計以上の負荷をかけ続けたバーニアも、最高出力限界まで酷使した支援兵器も取り外されてメンテナンスの最中にある。
大きく機動力も攻撃力も落ちた本多忠勝の背を守るべく、竹千代はその傍にいる事を選んだ。
背中合わせに二人で夜の闇に立つ。
「でもな、いつかワシが蛍になって会いに来た時は…追い返さねぇでくれよ。ワシは……」
言葉を続けようとした唇が鈍色の指で塞がれる。いつの間にか振り返った本多忠勝の左目が、真っ直ぐに竹千代を見ていた。
本多忠勝は“徳川家当主”に仕える存在。竹千代がその役割を終えれば、また次の当主に仕える事になる。当たり前の事なのに、それは竹千代にとってたまらなく切なかった。
(“特別”になりたいなんて贅沢は言わねぇ…ただ、ワシの事を忘れねぇで欲しい)
ゆっくりと跪いた本多忠勝が、そっと竹千代の右手を取る。そして恭しくその手の甲に口付けた。
「…タダカツ?」
本多忠勝の唇は冷たいものの、感触は柔らかい。それはかつて寝物語に聞いた西洋の騎士の様だった。ただ一人に忠誠を誓う、神聖な儀式。
「……!!」
大きな手がぎこちなく竹千代の頬に触れる。その手に己の小さな手を重ねて、竹千代は目を閉じる。頬を伝う雫が鈍色の指に触れた。本多忠勝が焦った様に忙しなく機械音を発する。
「タダカツ、もうワシを泣かすなよ」
目を開いて竹千代は微笑んだ。
(願わくば、この手を離す事のないよう…)
他愛のない話は睦言の様に囁かれ、寄り添う様に二つの影が重なる。
それは蘭月の夜の出来事、星明かりの下、主は唯一無二の主となり、騎士は主に永遠の忠誠を誓った。
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ほしかげさやかに
しずかにふけぬ
つどいのよろこび
うたうはうれし
(讃美歌『ほしかげさやかに』より
そんなわけで、
『箱庭の正義』のまるもち様よりいただきました!
拙宅の2周年記念として書いてくださりました戦国BSRの鉄壁主従ですよ!無自覚な独占欲に気が付いた竹千代の行動と不器用な忠勝に悶え転げまわっております。うふり。
しかし忠勝、手の甲にキスとは、どこで覚えたんだ。知識はないけどそうしたかったのか、はたまたどこかの片目の外国かぶれの兄さんの入れ知恵か。
後者だとすると、兄さんが竹千代のいないところで面白半分にいろいろ教えていそうです。四天王の皆様はあくまで竹千代様第一だからおかしなことは教えないはず!……うん、はず。
しかし徳川の皆様は忠勝が何者であろうと『忠勝』であるやりとりがいいですよね。さすが三河武士。
そしてさりげに拙宅のサイト名である『まそほ』の別名がちらりと入っていたり……演出細かい!
ちなみに『まそほ』は『ススキ』の意味もあって、それを聞いたとき、
『ススキ』⇒『秋』⇒『トンボ』⇒『忠勝』!!
と瞬間的に頭が働きました。何と幸せな作り。
いつも有難うございます!本当に感謝!
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