真赤―まそほ―

羽根飾り


 執務室で閉じこもって仕事をしている陳宮の元へ行った呂布が最初に目についたのは、彼の頭でひらひらと小さく揺れる鮮やかな赤い羽根だった。それは普段は身を飾るようなことなどしない陳宮にしては異質なほどの色彩で、呂布は僅かに面を食らう。誰かが入ってきたことに気が付いた陳宮が竹簡から顔を上げた。
 「これは呂布殿。お帰りなさいませ」
 呂布がいきなり何の前触れもなしにやってくるのに慣れてきたらしい陳宮はさして驚きもせず筆を置く。呂布はよく、配下の兵を連れてふらりと遠駆けに出る。時折、数日や数週間いなくなることもあって、最初の頃は主君が勝手にいなくなるなと怒っていたが、今では諦めたのか、いなくなっても問題の出ないようにしているようだった。
 「いらっしゃらなかった数日間のお仕事です。目を通して判をください。それで終わりになるようにしていますから」
 陳宮のところまで歩み寄ってきた呂布に、さらりと山となっている竹簡を手の平で示した。呂布は眉間に皺を寄せる。
 「そんな顔をなさっても駄目です。いいですか、あなたはここの牧なのですよ。ならば相応の仕事はしなければなりません。そうでなければ、あなたの戦もできぬのですよ」
 「分かっている」
 面倒だ、とは思うが、陳宮の言う事はもっともであり、それでも嫌がって放棄すれば、この男は相手が呂布であろうとも首根っこを引っ掴む勢いでこんこんと説教と言う名の説明をじっくりしてくる。正直、仕事をするよりもそちらをされる方が厄介なので、最近では呂布も素直に応じていた。
 それはそうと。
 「陳宮」
 「何でしょう」
 「その頭はどうした」
 簡潔な問いに陳宮は首を傾げたが、すぐに意を察したらしく、頭巾を留めるために使っている羽根飾りに手をやった。珍しく少しだけ、面映ゆそうに表情が変わる。しかしそれを表に出さないように平静を努めているようだった。
 「これですか? ……似合いませんかね?」
 「お前にしては珍しい色だと思っただけだ」
 日頃から、派手な装いもせず生活も質素で、地味が服を着て歩いているような男だが、その性格を表すかのような整った姿勢と物怖じしない声が陳宮に清冽さを与え形作っていた。そこに、鮮やかな赤の羽根飾り。身を飾るなど、少し余裕でも生まれたのか、はたまたいい相手でも見つけたのか。しかし、呂布の知る限りではそんな素振りなどなかった。
 「確かに赤は珍しいでしょうな。私自身、普通ならば選ばぬ色ですし」
 「ならば何故だ?」
 呂布が首を傾げると、陳宮は小さく笑う。
 「まあ、細やかな物ですが、決意の表れとでも申しましょうか。……貴方に仕え、天下を取ると言う、その意思表示ですよ」
 「それがか?」
 分からない。呂布は更に首をひねる。鮮やかな赤は確かに意志の強さを示していると言われればそうだろう。しかしこの男が、わざわざそんな願掛けに似たようなことをするとは意外だった。
 「分からなくても結構ですよ。私が好きでつけているので、お気になさらずに」
 「そういう言い方はかえって気になるぞ」
 「しかし気にしている時間はございません。こちらの竹簡は今日中に目を通していただきたいので」
 陳宮は有無を言わさぬ表情と声で再び竹簡を示す。呂布は不機嫌そうに口を歪めたが、大人しく仕事に取り掛かる事にした。



 数日後。
 「おや、あそこに見えるのは陳宮殿ですな」
 高順と張遼を交え、調練をしている最中、張遼が馬を寄せてきた。見れば、兵たちの動きを見物するように陳宮が立ち止っている姿が遠くに見える。
 「あの羽根飾りは目立ちますなあ。遠くにいても陳宮殿と分かる。まるで殿の綸子のようです」
 そう言われて、呂布ははたと気が付いた。呂布は赤い鮮やかな綸子をつけている。それは昔からで慣れ親しんだもので、特に意識しているものではなかった。だがどうやら、傍から見ると非常に目立つらしい。黒い具足に身を包み、以前はさらに首に赤い布を巻いていたので、武力も相まって、敵はその姿を見ただけですくみ上ると言われていた。
 「殿を真似るとは身の程知らずにもほどがあるだろう。それに殿は、綸子がなくともその姿だけで分かるわ」
 「まあまあ。殿の臣下であると、揃いの物を身に着けるのはありますでしょう。真似ると言うよりは、力を借りると言ったところではないでしょうか?」
 高順も傍に寄ってきて軽く苦言を漏らした。高順と陳宮は仲が悪いが、張遼は両方と折り合いが良く、うまく間に入って衝突を防いでいる。
 「……俺と同じか」
 呂布が呟いた。つまり意思表示と言うのは、天下を取るという決意だけではなく、『呂布の臣下として』という意味も含まれている。ようやく、わざわざ選ばぬ色を身に着けた意味が分かった。
 「殿? どうなされましたか」
 呟いてそれきり黙ってしまった呂布の背中に高順が問いかける。呂布は赤兎の手綱を握り直して首を返した。
 「駆けるぞ、遅れるな」
 「あ、はい!」
 兵を率いて駆ける。不思議と気分が良かった。



 「お帰りなさいませ、今日の調練は一段と気合が入っていらっしゃったようですな」
 調練場から戻ってきたところで拱手した陳宮に迎えられる。呂布は赤兎を胡朗に預けると、陳宮に向き直る。
 「お前、その羽根飾りは俺の綸子を真似たのか?」
 開口一番そう言うと、陳宮は面を食らった表情を浮かべた。そして苦笑を浮かべる。
 「気付かれましたか。意外と早かったですね。張遼殿辺りにお聞きになりましたか」
 「ああ。それならそうと言えば良かっただろう。隠す意味があるのか?」
 「気付かれてしまってはしょうがありませんが、こういうことは言い難いものですよ。……ましてや本人を目の前にでは尚更です」
 「そういうものか?」
 「そういうものです」
 呂布はまた首を傾げた。それを見上げる陳宮は苦笑を浮かべたままである。ひらひらと風に緩やかに揺れる羽根飾りに呂布は手を伸ばした。
 「俺と同じ、赤か。お前が俺の軍師だと、よく分かる」
 そう言うと、陳宮が不意に口を引き結び、それから口元に手を当てて視線を逸らした。
 「どうした?」
 「……何でもございません。さあ、今日はもうお疲れでしょう、館に戻ってお休みなさいませ」
 呂布の手からさりげなく離れるように身を翻し、陳宮は呂布を促した。僅かに顔が赤みがさしていた。
 「お前の仕事はどうなんだ。片付いているのならせっかくだし、酒を飲まんか」
 「片付いてはいませんよ、毎日仕事は山積みですから」
 「だが、今日の分は終わったのだろう? お前がわざわざここに出てきて迎えると言う事は」
 「……どうしてそういう事にはすぐ気が付かれるのか」
 「何か言ったか」
 「呂布殿ははっきりものを言う方だと言ったのですよ」
 そんなことは当たり前だろうと疑問に思う呂布だが、陳宮がここにいる理由が間違ってはいないと判断した。
 「問題ないなら行くぞ。いい酒がある」
 「……分かりました。しかし、明日も朝早いので、そんなにはお付き合いできませんぞ」
 「構わん」
 陳宮の返答に短く答えて呂布は歩き出す。そのすぐ後を、陳宮が追いかけてきた。その足音を聞きながら、呂布は口元が綻ぶのを感じていた。









うちの陳宮は赤い羽根飾りをつけています。元ネタは無双5の陳宮が、モブ顔でありながら衣装はまさに呂布軍!と言わんばかりだったとこからです。真っ黒な衣装に文官帽子(多分綸巾と言うはず)には赤い羽根がついているんですよ。まさに無双5の呂布さんそのまま。しかもこの配色は北方版でも同じ。黒い具足に赤い布を巻くのが北方呂布さん。綸子はつけてるかどうか不明ですが、ここではつけていることにしてます。

尊敬している人や強い人の何かを真似る、と言うのは男性でも女性でもあると思うのですが、陳宮の場合、それに呂布の軍師である、と言う意思表示もあり。そこに呂布さんが『俺の軍師だと分かる』と言ったもんだから気恥ずかしくなってしまったと言う……。陳宮は呂布さんに必要とされることが、力となれることがたまらなく嬉しいです(公式話)

あと、何気に『呂布さんの色を身につける』というのがいいなと思うのです。


戻る

designed