真赤―まそほ―

水蜜桃


 曹操からお中元が届いた。中身はこの時期に美味しい果物の、桃である。
 「洪殿、食後にお一ついかがですか」
 「ああ、食べる」
 食事を済ませる少し前から冷蔵庫で冷やしていたので、桃は程よい冷たさだ。あまり冷やしすぎても甘味がなくなるらしい。徐晃は器を用意して果物ナイフで桃の皮を剥き始める。赤みを帯びた皮を引っ掛けるとするりと剥けた。中から淡い黄みを帯びた白色の実が現れる。それだけで甘い香りが鼻をくすぐり、瑞々しさを湛える実の美味さを教えていた。
 「これは美味そうですな」
 さくりと切り込みをいれ、種からはがす。指で押さえつけて痛ませないよう気をつけながら徐晃は桃を切り終えた。しかしそれでも蜜が手を伝ってしまう。指についた蜜を一舐めしてから手とナイフを洗い、桃の入った器を居間にいる曹洪の元へ持っていった。
 「どうぞ」
 「おう」
 フォークで桃の一欠けを刺し、口に放り込む。
 「ん、美味い。いい熟れ具合だなぁ。ちゃんと冷えとるし」
 「相変わらず社長の選ぶものにハズレはないですね。見た目が良くとも、あまり甘くないときもありますしな」
 「当たり前だ。甘味がない桃は正直、水を食っているようなもんだ」
 言いながら曹洪は美味そうに次の桃を食べる。徐晃はそれを見ながら曹洪の向かいに座り、自分の分の桃を剥き始めた。
 「何だ、一緒に剥いてこんかったのか」
 「ええ。面倒なので切らずに、剥くだけでそのまま食べようと思って」
 手元に手拭と皿を用意する。桃は形よく切り分けるのに地味に手間がかかる。あまり時間をかけては手の熱でぬるまってしまうし、色も悪くなってしまう。自分が食べるのだから、剥きながら食べてしまおうと徐晃は考えたのだ。しかし、せっかくの桃を、曹洪と離れて食べるというのも味気ないのでキッチンでやらずにこちらへ持ってきたのだ。
 軽く切り込みをいれ、皮の端を引っ掛けてナイフを引っ張る。するりするりと剥けるのは気持ちがいい。途中で千切れてしまうのもよくあることなので、今回は当たりのようだった。半分ほど剥けると、ナイフで適当に切り取り、そのまま口へ運ぶ。
 「美味しいですね」
 「だろう」
 噛むと口の中で水蜜が溢れるようだ。瑞々しさと甘さが程よく、香りが心地よい。徐晃はもう一度、一口に入るくらいを切り取り、口に含む。
 「………………」
 「……何か?」
 じぃ、と食べる様子を見ていた曹洪に気がついて、徐晃は首を傾げる。
 「いや、何かお前が食っておる方が美味そうに見えてきた」
 「……同じ物ですよ?」
 「ああ。だが、そうやって直に食べる方が、何か美味そうだ」
 何となく、言わんとしていることは分かるが、この食べ方だと、水蜜で手が濡れ、あとが大変だ。
 「……味は変わらないと思いますが、一口食べますか」
 そう言って徐晃はもう半分の皮を剥き、一口大に切ろうとする。だが、
 「そのままでいい」
 曹洪は手を伸ばして桃を持った徐晃の腕を掴むと、そのままかぶりついた。じゃく、と実をかじる音がする。
 「──────」
 「確かに、味は変わらんなぁ。ん、蜜がたれるな、すまん」
 指から手の平へ、そこから手を掴んでいた曹洪の手にまで蜜がたれる。離して、自分の手にたれた蜜を舐めた。
 「まだ結構あるだろう。痛まんうちに食べてしまわんともったいないな。……徐晃?」
 残りの自分の桃を食べ切って、キッチンの方を眺めていた曹洪は、自分の前で頭に手を当ててうつむいている徐晃に気が付いた。
 「早く食わんと色が変わるぞ」
 「………………ええ、はい。そうですね。まったくそのとおりです」
 徐晃は持っていた桃を、今度はナイフを使わずに、曹洪と同じようにかじりつく。それが妙にこれ見よがしで、曹洪は反射的に背筋が寒くなった。
 「……おい、徐晃?」
 「何でしょうか」
 「いや………………何でもない」
 きれいに食べ終わると、後片付けをして手を洗う。すべて終わらせて戻ってきた徐晃は、曹洪の座っているソファに手をついて、こちらを怪訝そうに見上げる曹洪に口付けた。
 「っ、おい!?」
 慌てて押しのけるが、徐晃は更に身を乗り出す。
 「今日はこちらでいたしますか。それともやはり寝室が宜しいですか」
 「なっ……、お前、いきなり何言って」
 「洪殿が誘われましたので」
 押し倒される勢いとその発言に曹洪はぎょっとする。
 「だ、誰が誘った!!! 俺は誘ったつもりなんぞないぞ!!」
 「誘ったおつもりがなくとも私は誘われました。宜しいですか」
 「宜しくない宜しくない!! 離れろ、おい……っ」
 思いもしなかった徐晃の行動に、曹洪は抵抗する暇がない。慌てふためく曹洪を見下ろしながら、徐晃は曹洪を押し倒し、もう一度口付けた。お互い、先ほどまで桃を食べていたので甘かった。緩急をつけて口付けを繰り返し、それにより曹洪の抵抗が徐々に削がれていく。首筋や足をゆっくりと撫ぜる。時折、ひくりと曹洪の体がゆれた。
 「……洪殿、どうなされますか。寝室へ行きますか。それとも……久方ぶりにこちらにいたしますか」
 「………………っ」
 あっという間に熱を引き起こされた曹洪は目の前の徐晃を睨む。だが、ふいと視線を外し、俯き気味になりながら、口をもごもごと動かした。
 「……ここは、いやだ」
 徐晃と目を合わせないようにしながら、ぽつりと曹洪は言う。小さく笑って徐晃は曹洪の額に唇を寄せた。
 「分かりました。あちらで思い切りいたします」
 「思い切るな!! そんなことせんでいい!」
 「……そうですね。あまり激しく扱ってはいけませんものな」
 その口ぶりに、曹洪は訝しげに眉間に皺を刻む。
 「洪殿は、まるで桃のようですから。大切に扱わねば」
 「──────阿呆か!! どこをどう見ればそうなる!」
 「肌触りや見た目で十分に。とはいえ、少し自重しますか」
 内心、ずっと自重していろ、と曹洪は思った。
 「お前、頭沸いておるのか」
 「沸いていると言えば沸いているやも知れませんな。でもそれは洪殿に対してだけですので、ご安心を」
 「何をどう安心しろと言うんだ……」
 「洪殿のお好きなように」
 「………………」
 目の前で笑いながら見下ろしている徐晃を殴りたい衝動に駆られながらも、曹洪は呆れ果てたようにため息をついた。











ぶっちゃけて徐晃さんの手から桃を食べる曹洪さんを書きたかったのです。
普段、何だかんだ言っているのに自分から何かするときは徐晃さんに対して警戒心薄い曹洪さん。


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