カミングアウト
「さて、どうしようか。」
ケーキの箱を持ったまま、李典は独りごつ。
自分で買ったケーキではない。
バイト先の雇い主、曹純に渡されたものだ。
本来なら忙しいであろう本日12月24日。
同居人曹仁は仕事の後、社長・曹操主催のクリスマスパーティーに呼ばれている。
その関係もあり、いつもは入ることのない閉店までのシフトを入れてあった。
が、「急に自分たちも呼ばれたので夕方で閉店することにした。」と詫びにケーキを渡された。
おそらく曹純の妻が焼いたであろうケーキ。
喫茶店なので店にも置いてあるが、曹純の妻の焼くケーキは非常に美味しい。
それを持ったままどこか食事のできるところへ行こうかとも思ったが、クリスマスイブに一人で食事をするのも気が進まない。
折角なので、なにか冷蔵庫の中のもので適当にすまそうと、まっすぐ家に帰ることにした。
曹操主催のクリスマスパーティーは、結局のところ一族の飲み会のようなもので、他人の自分は最初から行くつもりはなかった。
曹仁にも誘われたが、公になるのを恐れて断った。
曹仁自身は開き直っているのか、この関係を気にしている様子はない。
社長には最初から感づかれてしまっているが、李典の本心としてはあまり他の人に知られたくない。
そう自分で断ったのに、一人で過ごすクリスマスイブがなんとなくさみしくなったのは、行き道も帰り道も、家族やカップルであふれていたせいだろうか。
「ケーキだけは一緒に食べましょうか。」
思わずぼそっとつぶやいた。
家に着くと、なにやら人の気配がする。
「え?」
明らかに誰かが調理している匂いもする。
一瞬部屋を間違えたかと思ったが、鍵が合っていたので当然自分達の部屋だ。
おそるおそる中に進んでいくと、「おう、李典。帰ってきたか。」と曹仁の声がした。
「は?え?なんでいるんですか?」
驚きのあまり、思わず素っ頓狂な声を出した。
「いや、なに。社長に話してな、今日は本当は断ってたのだ。」
「はぁ?」
「だから、その、『家族と過ごしたい』と言ってだな。
そうしたら社長が『どうせなら内緒にして驚かせ。午後はお前は有給だ。』と言ってな。
うん、どっきりは成功したようだな。」
曹仁は「してやったり」といった顔をしている。
「驚くも何も、部屋を間違えたか、泥棒かと思いましたよ。」
「はは。すまんすまん。料理もほとんどケータリングで済ませたが、ローフトビーフだけは焼いておいたぞ。
まだ完全に冷めていないから切れないがな。」
このいい香りはその匂いだったのかと合点する。
「純も協力してくれてな。そのケーキ、持たせたらまっすぐ帰るだろうと。」
急な営業時間の変更はこのためだったらしい。
「ん?どうした。突っ立っていないで、早くうがいと手洗いをして着替えて来い。」
「ちょっと待ってください。『家族と過ごす』と社長に言いました?」
「そうだが。」
全くこの人は時々さらりととんでもないことをする。
『家族と過ごす』などと言ったら、曹一族に自分たちの事を宣言したのも同然ではないか。
そう怒りながらも、今がその丁度いいタイミングだったのかもしれない、と冷静に考える自分もいる。
いや、何時かはどこかで誰かから漏れたかもしれない。
そうなる前にはっきりさせてよかったのかもしれない。
「まあ、仕方ないですね。」
「なにが『仕方ない』のだ。」
「私も曹仁殿のように開き直ることにしました。」
「何のことだ。」
「皆さんの前でも堂々としているってことです。」
「なんだかわからんが、早く着替えをして来い。」
「はい、うがいも手洗いもしてきます。」
自室で着替えながら、先ほどの『家族』という部分に今更ながら顔が赤くなる。
なかなか収まらない顔の赤みに部屋から出られず、何時までもリビングに戻らない李典を心配し、
様子を見に来た曹仁の顔を見てますます茹ダコ状態になるまであと15分。
了
「なりき屋おぞい」の小桂様からいただきました。
いただいてから掲載まで遅くなってしまい大変申し訳ございませんでした……!
貰ったの昨年……おおおおおおorz
本当にごめんなさいすみません。
仁さんは開き直るとどっしり構えて実に男前になると思います。
さらりと堂々と答える様に典さんも惚れ直しますよ!
というかローストビーフをしっかりやける旦那が羨ましいです典さん。そして何より、いつもは冷静な李典さんが真っ赤な茹でダコ状態なのを想像すると……良いですね。可愛いです。
有難うございました!
戻る