真赤―まそほ―

思い出と約束


 「曹仁様、入ってもよろしいでしょうか」
 少年特有の高めな声が、室の外から聞こえる。
 「李典か。いいぞ。」
 「失礼いたします。」
 返事があり、少年が入ってきた。
 曹仁は、書簡から目を離し、椅子に座ったまま少年の方に体の向きを変えた。
 「エン州に帰ると聞いたが」
 「はい、三日後にこちらを発ちます。」
 「その、李整のことは残念だったな。」
 一族の長である従兄をなくした李典は、跡を継ぐため、一度故郷に帰るのだった。
 「故郷に帰りましたら、4、5年はこちらに参れません。曹仁様、お願いがあるのですが。」
 「なんだ。」
 「思い出をいただけないでしょうか。」
 「思い出? 書物か何かか?」
 「はい。ですが、物ではございません。……少し目をつぶっていただけますか?」
 訝しがりながら、目をつぶった曹仁の唇に、何かが触る。
 ────李典の唇だ。
 そう気付いて曹仁が目を開けた時、すでに少年は離れていた。
 「思い出をありがとうございました。」
 にっこり笑い、踵を返して去ろうとする少年をとっさに捕まえ、横に抱きかかえるように自分の膝の上に座らせた。
 驚いて目を見開く少年に、
 「一瞬では思い出にならんだろう。」
 と言って、唇を重ね、舌を差し入れた。


 「ほら、思い出になったか?」
 しばらくして、唇を離しながら曹仁がそう言うと、少年は顔を真っ赤にして目をうるませている。
 「曹仁様。」
 「なんだ。」
 「………………腰が抜けて立ち上がれません。」
 無理して大人ぶる少年に、大人の余裕を見せつけるからかいの気持ち半分と、勝手に唇を奪ったお仕置き半分で大人の口づけをしてみたものの、どうやらやりすぎたようである。
 「すまん。調子に乗りすぎた。詫びに室まで送ってやる。」
 そう言って少年を横抱きに抱えて立ち上がると、少年の室に向かって歩き始めた。
 「曹仁様!流石に恥ずかしいです!降ろしてください!」
 「だが、一人では歩けんだろう。大声を出すと、人が来るぞ。」
 そう忠告すると、少年はおとなしくなった。


 「……なんか悔しいです。」
 少年の室に着き、牀に座らせた時、少年がぼそりと言った。
 「あ?」
 「あれだけお傍をうろうろしていても相手にされず、意を決して行動しても子供ということを思い知らされて、悔しいです。」
 曹仁は心底驚いた。
 少年は、幼いころからやたら曹仁にまとわりついていて、曹仁は、よく曹操や夏候淵に「小さな嫁だな。」とからかわれていた。
 正直子供の扱いがよくわからず、辟易したこともあるが、慣れたころには「年の離れた弟」くらいには思っていた。
 先ほどの口づけとて、子供の性質の悪い悪戯と思っていた。
が、李典は本気だったのだ。
 「しかし、子供に手を出すわけにもいかぬしなぁ。」
 「では、李典が大人になったら考えていただけますか?」
 曹仁は遠回りにたしなめたつもりだった。
 ところが少年は違った取り方をしたようである。
 「む。まあ、その時に考えよう。」
 「はい。約束ですよ?あ、曹仁様。」
 「ん?」
 「改めて、思い出ありがとうございました。」
 「元気でな。」
 「曹仁様も。」

 明日、曹仁は遠征に。李典は三日後にエン州へ。それぞれの場所へ行く。
 二人が再会するのはしばらく後。










いつも拙宅にいらしてくださる小桂様からいただきました!
甘いお話が読みたい読みたい、と唸っていた自分に届いた仁さんと李典少年!顔のにやけが治まりませんがどうしましょう。

大人の余裕な仁さん……だがしかしいたいけな子を捕まえて何やってんですか仁さん!と言うか子供と同時に相手は同せ(以下削除)
仁さんの傍をちょこまかとついていく李典少年は想像したら大変可愛いです。可愛い弟だなーとしか思っていなかったのに、相手は本気でした。どうする仁さん。

小桂様曰く、再会したとき、仁さんはこのときの話をすっかり忘れているんだそうですよ。それでこそ仁さん!(あらゆる意味で酷い言い草
そのあと、再び奮戦する李典さんが想像できる。
もう、十分甘いですよ!有難うございましたー!!
題名がなかったので、こちらでつけさせていただきました。
そのまんま直球ですみません。


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