真赤―まそほ―

無衣


 真冬の星は冷気に磨かれるが如くその耀きを増し、月のない夜はさながら宝玉の如く空一面を覆い尽くす。そんな満天の星空に抱かれる様に青年は一人城壁の上に立っていた。

 「おい、そんなところで何をしている?」

 「星を見ておりました…」

 こちらを見もせず答えるその息は白く、青年の影は寒そうに肩を竦めている様に見える。階段を上り青年の横に立てば、すぐ頭の上に数多の星が瞬いていた。

 「見事なものだな」

 「曹仁殿ですらそう思うのですから、この星空は誰しもが美しいと感じるのでしょうね」

 思わず漏らした感嘆の声に、別の意味で感心した様な声が重なる。そのミモフタもない物言いに悪意は全く感じられない。心底そう思ったからこそ出てきた言葉なのだろう、分かってるからこそ腹も立たなかった。その代わり着ていた上衣を脱いで、意趣返しとばかりに青年の頭の上から無造作に掛ける。あまりに粗雑なその行為に青年は小さく抗議の声を上げた。そんな反応など意に介さず、すっかり冷たくなった青年の頬に触れる。

 「どうだ?」

 「どうだ、と言われましても……確かに温かくなりましたが……曹仁殿は寒くないのですか?」

 衣の合間から顔を僅かに覗かせた青年が気遣う様に自分を見上げてきた。そんな青年を正面から抱き締めて、その身体を腕の中に収める。

 「暖はとれるから問題ないぞ」

 「……問題だらけです。いつ誰に見られるかも分からないというのに……」

 「今さら誰に隠す事がある?儂がどれだけお前を探したと思っているんだ。それくらい…」

 「お言葉を返す様ですが、なぜ軍議が終わった後に一言言って下さらなかったのですか。あの時、いくらでも機会はあったはずなのに……今さら探したなどと、それは曹仁殿の見通しの甘さが招いた結果ではありませんか」

 「お前なぁ」

 放っておけばいつまでも口煩く小言を紡ぐ唇へ強引に己の唇を重ねた。腕の中で青年の身体が僅かに強張る。そっと唇を離せば、真っ赤に頬を染めた青年が視線を伏せた。

 「…それは卑怯だと、以前から申し上げているはずです」

 恨めしげに呟いて、この胸に頬を寄せた青年はその身体を全て預けてくる。

 「星に何が見える?」

 ふと疑問を口にすれば、腕の中で青年が向きを変え、天の一ヶ所を指差した。腰に腕を回し青年を後ろから抱き締めて温もりを共有する。そして、青年の指差す方を見上げると北斗の七つ星が耀いていた。

 「……北斗か…」

 「その二番目………あれは曹仁殿の星ですよ」

 「ほう。儂を武曲星というのであれば、お前はさながら輔星といったところか」

 「……かつて、曹昴殿からそう言われました………でも、今、貴方の傍らにあるのは拙者ではありません……」

 青年の横顔に微かな憂いが浮かび、独り言にも似たその言葉は深い溜め息に変わる。

 「この心は常にお前とある。例えこの身が遠くにあろうと、儂を諌めるのはこの心にあるお前だ」

 青年を強く抱き締め耳元で囁けば、その瞳から涙がひとつ零れて落ちた。それこそが言葉以上に雄弁な、この青年の心の証。

 「上衣を返すのは次に会う時で良い。儂はここに留まれないが…儂の衣がお前を温めてやれる。お前はまたここで星を見るのだろう」

 「……確かに……星を見る時は貴方の上衣が一番良いです、温かくて…。でも、そんな言葉をどこで覚えたのですか?……貴方には全然似合わないですよ……」

 口ではそう言いながらも、上衣を大切そうに抱き締めて青年は幸せそうに微笑んだ。










《衣は幾つも持っていますが、(温かくこの心身を包んで下さる)貴方からいただいた衣が一番よろしゅうございます》詩経・唐風より『無衣』。

『箱庭の正義』のまるもち様よりいただきました!
何と拙宅の仁典漫画(?)の『咄嗟に』の前段階をイメージして書いてくださったそうで、ちょっとお二人さん何をなさっているんですかいいぞもっとや(ry

漢代には、想いの通じあった相手と離れる際に、その愛情の証として自分の衣を送るという風習があったそうで、何と言う素敵風習。
そして北斗星の二連星は暴走する将軍様とその抑え役とされてる星官だとか。それなんて仁典(自重

まるもち様、有難うござました!

ちなみに漫画では鎧なのに、こちらのイメージイラストでは私服なのは、イメージゆえです。
とりあえず典さんは貰った上着をそれ以来から、鎧着てないときはいつも身につけていればいいと思います。


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