真赤―まそほ―

境界線・番外


 「許チョ、許チョ」
 「どうなされましたか、殿」
 曹操は自室に許チョを呼ぶと、座っていた寝台の横を叩く。
 「ちと休むから膝枕をしろ」
 「……………………そういうことは任務ではないと思われますが」
 「そう固いことを言うな、ほれ」
 あっさりと曹操が言うと、許チョは一度目を伏せてから具足を脱ぐ。護衛として、すぐに戦える状態でいたい、という許チョの考えは分かっているが、曹操は譲らなかった。最初に頼んだときは、頑なとして拒まれたが、その後もしつこく言っていると、許チョの方が折れ、今では諦めたのか、割とすぐに応じてくれる。失礼いたします、と一礼をして、曹操の隣に座った。待っていたと言わんばかりに曹操はごろりと許チョの腿に頭を預けて横になる。
 「……私のような膝では、寝心地も悪いでしょうに」
 「そうでもない。悪かったら何度も頼まんだろう」
 少し、許チョが戸惑ったようだった。寝返りをうって、許チョの方へ顔を向ける。側に、手持ち無沙汰な許チョの手があったので、片方を手に取ると口元に寄せる。
 「殿」
 手を引こうとするので、強めに握ってそれを拒んだ。離さないと分かると、許チョは肩の力を抜く。その様子に笑みを浮かべ、曹操は許チョの腹に頭を寄せてその体温を感じ取る。
 「………………」
 許チョのもう片方の手が、曹操の顔にかかった少しほつれた髪を、そっと後ろへすいた。普段は無骨な武器を握り、並み居る敵兵を薙ぎ倒す手だ。女のものであるのに皮膚は硬く厚い。だが、曹操はこの手が好きだった。守るべき相手にとってこの手は、酷く柔らかく温かいのだ。
 それは手だけではない。この懐もそうだ。深く包み込むような温かさがある。それは母親の慈愛に似ているが、そうでないことも知っている。温かさがあるのに、その実、けして踏み込んでこようとしない境界を感じるのだ。何者からも守る深さや温かさと同時に、得ることはできない何かがある。無条件に心を注いでくれているけれど、手に触れることすら拒まれるものがあるのだ。
 それに触れたら、境界を越えてしまったら、許チョは己の元を去るかもしれない、と曹操は感じていた。それだけは避けたかった。けれど、それを越えてでも手に入れたいとも思う。微妙な境界で、拒まれぬ際を見定めるように、曹操は許チョに触れる。
 「許チョ」
 「はい」
 いつものように、名を呼べばすぐに返ってくる短い声。
 「わしが眠ってもここにおるのだぞ」
 「それでは務めをまっとうできません」
 「わしが起きるまでだ。お前の務めはわしを守ることだろう、ならばわしを懐におさめておけば何ら問題もない」
 無理を言っているのは承知している。そしてどう許チョがそれに対応するか見てみたかった。
 「……殿」
 心地良い、自分を呼ぶ声に曹操はそっと息を詰めて答えを待った。










女性版許チョさんと曹操の関係は正直、どちらでもOKです。けして触れ合わなくてもいいし、深いところまで交わっててもいい。やはりどこでも許チョさんは許チョさんだと思うのですよ!
今回のは一歩手前という微妙な関係。単純に膝枕が書きたかった。そして腹に顔をうずめる曹操が書きたかったんだ。容姿は某方の優しげな許チョさんを想像してます。すげー美人。惚れる。


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