真赤―まそほ―

そこから見る光景は


 なぁ、大作。肩車してやろうか。そっからじゃ見えねぇだろ。
 え、い、いいですよぅ、大丈夫です!
 遠慮すんなって、ほーらよっとぉ!
 うわっ! お、降ろしてくださいよ、戴宗さん!
 どうだ、よく見えるかぁ?
 ……うわぁ、はい! よく見えます!
 何やってんだい? 二人して。ああ、肩車? あたしもやってやろうか? 大作。
 こらこらこら、こういうことは亭主の特権だぜぇ?
 大作くーん! 皆ー! こっちこっちー!
 あっ、銀鈴さんだ! 戴宗さん、楊志さん、あっちに銀鈴さんがいますよ! 銀鈴さーん!
 こっちからだとよく見えるわよー! 皆の席もあるから早くいらっしゃーい!
 はーい!




 「………………」
 あれから5年。彼の人たちの腰辺りだった身長もすっかり伸び、草間大作は17になっていた。今は国際警察機構に席を置きながら、エンジニアになるべく勉学に勤しんでいる。そんな彼が、今日は見晴らしのよい高台で一人、北京の町並みを眺めていた。
 ちょうど5年前。親しい人たちがたくさん、亡くなった。屈託なく、明るくて豪快で、優しい人たちだった。親を亡くした彼を、我が子のように慈しんでくれた。姉のように愛してくれた。今でも思い出せる、彼らの言葉、行動、笑顔。同時に、失った日のこともまざまざと蘇るのだ。
 過去を悔いて生きていくことを、おそらく彼らは喜びはしないだろう。けれども、否が応でも思い出すのだ。あの時の無力を。
 「やっぱりここにいやがったか」
 後ろから聞こえた太く低い声に大作は振り返る。
 「鉄牛さん」
 小山のような巨体を揺らしながらやってきた色黒の男は、今思い出していた人たちの弟分だった。血は繋がらずとも実の兄弟のように慕い、共に戦っていた。そして自分と同じように、失った。
 「急にふらっといなくなるから、他の奴らが探していたぞ」
 「すみません」
 言いながら、鉄牛は大作の隣に立って、同じようにそこから北京の町並みを眺めた。日が暮れる、黄昏時。光をちりばめた美しい夜がもうすぐやってくる。
 「……思い出してたのか」
 「………………」
 何を、とは言わなかった。言わずとも分かるからだ。大作は答えず、目を細めて夕闇を眺める。
 ふと、隣に立つ鉄牛をそっと見上げた。昔からこの人は大きくて、5年前は、見上げるのに首が痛くなったほどだった。今は自分の身長が伸びたのでそれほどでもない。その角度が、あることを思い出させる。
 戴宗を見上げる時の角度だ。確か、これくらい。
 それに気がついて、大作は時が過ぎたのを改めて認識する。小さな自分を軽々と抱き上げて、肩車をしてくれた人。その隣にいた、更に大柄な女性。自分は子供で、背が低かったから、早く大きくなりたいなと思った事もあった。けれど、年月が過ぎ、身長が伸び、あの人たちに追いつこうと言う身の丈になったけれど、自分の中身はどうなのだろう。あの時の無力を力に変え、戦ってきた、つもりだ。強くなった、つもりだ。──────本当に?
 「……もう日が暮れっちまう。暗くならねぇうちに帰るぞ」
 「……はい」
 鉄牛は顎で向こう側を指し、大作を促すように先に歩き出した。大作も、明かりの灯り始めた町並みを一瞥してから、鉄牛の後をついていった。
 「……鉄牛さん」
 「あぁ?」
 「……覚えてます? 昔、皆でお祭りに行ったじゃないですか。戴宗さんと、楊志さんと、銀鈴さんと、鉄牛さんと僕で」
 「……あぁ」
 何のお祭りだったかはよく覚えていないが、とにかく、北京に来てから初めての祭りだった。あちらこちらで花火や爆竹が鳴り響き、管楽器が奏でられ、演舞が繰り広げられる。幼い自分は興奮して、人波に揉まれながらも見物していた。けれど、一番見たいと思った出し物は、なかなか見る事ができず、それを見兼ねた戴宗が、肩車をしてくれたのだ。そこからの見晴らしは素晴らしく、同時に懐かしくもあった。亡くなった父親を思い出す。帰りは遊び疲れた大作をおぶってくれた、あの広い背中。
 「あの頃、鉄牛さんはまだ、僕の事を子ども扱いして嫌ってましたよね」
 「うるせぇな、あん時はお前、実際子供だったろうが」
 「銀鈴さんが僕を隣に呼んでくれて、それで鉄牛さん、ぶーぶー拗ねてて」
 「んな事まで思い出してんじゃねぇよ」
 ばつが悪そうに鉄牛は言い捨てる。それに大作は笑みを零した。
 「……懐かしいですよね」
 「……そうだな」
 「……もう一回、行きたかったです」
 「………………」
 もう叶わない思いを吐露する。鉄牛は答えない。ただ、無言で大作の前を歩いていた。
 「………………鉄牛さん」
 「何だ」
 呼べばすぐ答えてくれる。歩みを止めず、振り返りもしないが、その背中で答えてくれる。戴宗がいなくなってからは、この背中がいつも側にあった。見上げる角度、懐かしさに襲われる。口を開きかけて、大作は、言葉を飲み込んだ。
 「……何でも、ないです」
 乾いた笑いで誤魔化すように言うと、肩越しから鉄牛は大作を見た。そして不意に振り返ったかと思うと、きょとんと見上げる大作の腰を掴んだ。
 「え、うわぁっ?!」
 太い腕で、少年から大人へなろうとしつつある体を軽々と抱き上げたかと思うと、その逞しい肩に跨らせるように乗せた。肩車だ。
 「て、鉄牛さん、いきなり何するんですか、降ろしてくださいよ」
 「ガキは黙って乗っかてろぃ!」
 言うと、落ちないように大作の足を掴んで、再び歩き出した。いつもの視点より遥かに高い。見下ろす北京の町並みに、過去が押し寄せる。遠く、笑い声が聞こえる。
 「ガキって、何ですか! 僕、もう子供じゃありませんよ!」
 「ガキじゃねぇって言ってるうちはまだまだガキなんだよ! いっちょ前の口利くのにゃまだ10年早ぇ」
 「そんな!」
 「昔の事、思い出して感傷に浸って暗くなってるようじゃまだまだだっつってんだよ」
 そう言われて、大作はびくりと硬直した。それからしばらく黙り込み、抵抗するでもなく、鉄牛の肩に乗っていた。
 「……鉄牛さんは、ならないんですか。……僕、この頃になると、思うんです。……本当に、強くなっているのかなって」
 「………………」
 顔を伏せたまま言葉を続ける。鉄牛は黙って聞いていた。
 「いっつもは、毎日忙しくて、一生懸命になっていて、あんまり思わないんです。でも、この日になると、やっぱりどうしても、あの時の事を思い出すんです」
 「………………」
 「僕はちゃんと、強くなっているんでしょうか。誰も失わないように、誰かを守れるくらいに。……犠牲のない、幸せを得ることができるくらいに」
 父親が最後に言った言葉だ。そして銀鈴と最後に交わした言葉だ。その答えは未だ見つからないけれど、それでも大作は見つからないからと言って、歩みを止めようとは思わなかった。答えが分からなくて不安だけれども、そもそも答えなどないのかもしれない。それでも。
 そして、だからこそ、思う。
 「……ちゃんと、強くなっているのかな……」
 消えるような声でぽつりと大作は零した。
 「……お前はそのまんまでいいんだよ」
 不意に、鉄牛はそっけなく言った。
 「強くなっているとかどうとか、んなことでいちいち悩んでんじゃねぇよ。お前はお前のやる事やってりゃいいだろうが」
 「でも……」
 「やる事やって、それでできなけりゃ、そん時に悩めよ。やりもしねぇうちからどうなのかなんて悩んでたってどうしようもねぇだろ。そうじゃねぇのか? あ?」
 「………………」
 「それにな、今だから思うんだ。兄貴も姐さんも銀鈴も、別に皆の犠牲になろうって思って死んだんじゃねぇだろ」
 ざくざくと、鉄牛は大作を担いだまま支部への道のりを歩く。空はいつの間にか日がほとんど落ち、西の空に消え行く赤い残光が残るのみで、東の空にはもう星が瞬き始めている。
 「自分がやるべき事をやるために、戦ったんだろ。そうじゃねぇのか」
 「………………でも、それで死んでしまったら、悲しいじゃないですか……!」
 「……そうだな。けど、死んでほしくないからって止められるか? 止められねぇだろ。だったら、そうならねぇように、やることやるしかねぇんだよ。やらねぇでぎゃあぎゃあ泣くより、やって、やり切って、それから泣けよ。なぁ」
 大作は思う。鉄牛は強くなった。力ではない。精神が強くなった。昔は、こんな風に言える人ではなかったと思う。
 「……鉄牛さんは、強い、ですね……」
 「あったりまえだろうが! 俺は黒旋風の鉄牛様だぜ?」
 大きな声で大げさに胸を張って言う。それに対し、大作が沈んだままでも気にせずに言葉を続けた。少しだけ、声が柔らかくなる。
 「……だからよ、前から言ってるだろ、俺がお前を守ってやるって。何があっても、ちゃんと守ってやるって」
 「……でも! ……何かがあって、僕を守ってくれても、それで鉄牛さんが死んじゃったら、僕、いやですよ……!」
 「ばぁーか! 余計なお世話だってぇの! だいたい俺が死ぬわけねぇだろうが!」
 「どうしてそう言えるんですか! 何があるか分からないんですよ?!」
 あっさりと事も無げに言う鉄牛に、大作は躍起になって言い返した。今まで、強い人たちが幾人も亡くなっているのに。そんなに簡単に言うなと。
 「言えるんだよ。俺は、兄貴と姐さんに約束したからな。銀鈴にも約束した。だから、死なねぇ」
 「………………何ですか、それ……。どうしてそんなにはっきり言えるんですか……」
 「そりゃ、俺様だからな。俺様だから言えるんだ」
 「……無茶苦茶、だなぁ……」
 ふん、と堂々と言ってのける鉄牛に、大作は苦笑する。何の根拠もない理由だけれど、不思議と説得力がある。否、そうであってほしいという願いに似た気持ちだ。死なないでほしい。もう誰も。
 「俺まで死んじまったら、お前、ピーピー泣いてしょうがねぇだろ。俺は優しいからな。だから、お前が泣かねぇように、俺がお前を守る。俺も生きる。そんで、BF団の奴らもぶっ飛ばす! これで万々歳ってやつだ」
 「……鉄牛さんたら」
 事はそう簡単でも、楽観できるものでもない。鉄牛とてそれは十分承知している。けれど、それでも鉄牛はそう言ってのける。大作は、鼻の奥がじくりと痛くなった。目頭が熱い。
 「………………鉄牛さん」
 「ん?」
 鉄牛の頭に、顔を伏せるように大作は体を曲げた。陽だまりの匂いと、少しばかりの酒の匂いがする。
 「……もう少し、このままでいて、いいですか?」
 涙声になってしまっていた。堪えるように鼻をすすって、息を飲む。
 「……鼻水つけんなよ」
 「つけませんよ」
 明確な返事ではない了承の言葉に、大作は涙混じりに笑った。西の空も藍色に染まっていく。美しい夜が、やってきた。










えーと、すみません。
突然にGRの話です。
横山先生作品だし、別人とはいえ孔明さん出てるし司馬懿もいる設定だし、とりあえずその他に分けておきます。

本編より5年くらい後の、大作と鉄牛の話です。
本編は見たけど細かい設定はまったく知らない状態ですが!!
大作があの後、どういう道を取るのか分からないのですが(設定資料集に書いてあるのかなー)こちらでは、エンジニアの道を選ぶ事にしたと。エキスパートとして体も鍛えていると思います。何でエンジニアかというと、ジャイアントロボのためです。メンテナンスや改良を自分の手でやりたいから。
鉄牛と大作は兄弟みたい、というより歳の離れた友達みたいな感覚でしょうか。鉄牛は、大作を守る事で、色んなものを守っていると思います。亡き人達との約束も、己自身も、何より大作本人を。


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