真赤―まそほ―

甲斐性


 「あ」
 帰ってきた曹仁が、鞄からかわいらしいラッピングが施された菓子を一つ一つ取り出した。それを見て李典はすぐに中身が分かった。
 「チョコレートですか」
 「会社で貰ってな。そういや世間はバレンタインだものな。今年は日曜日だからとかで、早めに配ると言っとったぞ」
 「なるほど。全部義理チョコですか?」
 明らかに義理と分かる物もあれば、それなりに立派な物もある。李典は結構な数が鞄から出てきたことに半ば呆れ返っていた。
 「どういう意味だ?」
 「いえ、曹仁殿の場合、上に立っている方ですから、女性社員が下さるのでしょうけれど、一つくらい、本命があってもいいんじゃないですか」
 「………………お前な」
 眉を寄せて曹仁は李典を見る。李典はテーブルに置かれたチョコレートの一つを手に取る。
 「それくらいの甲斐性はあってもいいと思いますよ」
 「……それで、もしあったらどうするんだ、お前」
 「私がどうするんじゃなくて、曹仁殿がどうするのではないですか?」
 半眼で李典は曹仁を見る。確かに、渡されるのは曹仁だ。直接渡されるにしろ、こっそり置いていかれるにしろ、その後の反応を示して決めるのは曹仁である。
 「……確かにどうするかは俺が決めることだが、本命があってもいいんじゃないかなどと、言うか? お前」
 「じゃあ、曹仁殿は、私が本命チョコを貰ったらどう思います?」
 「お前は昔からそういうのをよく貰っておっただろうが。どうせ今年も誰かから貰ったんだろう」
 李典は会社に勤めている頃から実は何気に同僚の女性から人気があった。現在は会社からではなく、バイトで入っている喫茶店の同僚やお客などから人気らしい。
 「言葉は正しくお使い下さい。貰ってはおりません。渡されましたが全部断ってます」
 「似たようなもんだろうが」
 やはり渡されていたかと曹仁は思うが口には出さない。しかも『全部』。全部と言うことは複数あったということか。
 「違いますよ。……それで、そういう話を聞いて曹仁殿はどう思われますか?」
 「どうって、相変わらずモテるもんだなぁと」
 何を言うのかと、首をかしげるような顔で曹仁が言うのに対し、李典は軽くため息をついた。
 「同じです、それと。本命を渡されたと言うことは曹仁殿が女性にちゃんと好かれているんだなと、そう思うだけです」
 「ちゃんとってどういう意味だ」
 「曹仁殿、昔から女性より男性に人気だったじゃないですか」
 「誤解を招くような言い方するな」
 曹仁の場合はいわゆる、兄貴分な上司を慕う部下、と言うものである。逆に女性には、大雑把なところや短気なところが目に付くらしく、男性の部下ほど慕われているわけではない。
 「ですから、これだけ貰ってくるのに、全部義理、と言うのも寂しいものがありますよ、と」
 「やかましい」
 否定しないところを見ると、どうやら本当に全部義理らしい。会社で配る義理チョコは、十把一絡げのようなものだ。渡す方も一応地位によって、それなりに落差はつけているだろうが、本命に及ぶべくもない。
 「それに」
 「うん?」
 「曹仁殿、私がいくら貰っても全部断ると、疑っていないでしょう。……私も、曹仁殿がそういうものを貰っても、ちゃんと断るだろうと、思っていますから。だから、本命があっても大丈夫ですよ」
 「………………」
 曹仁は口を噤んで李典を見る。李典は少しすねているようにチョコレートを見ていた。
 「……お前、俺をからかっていないか?」
 「どうしてそこにいくんですか」
 「いや、お前がそんな素直なこと言うなんて」
 「夕飯なくてもいいですね」
 「いる。絶対いる」
 正直な曹仁の感想に李典はこめかみに青筋を浮かべる。
 「……あー、でも」
 「はい?」
 ふと、思いついたように曹仁が言った。
 「少しは妬いたりせんのか、お前」
 僅かに期待と拗ねが混じったような表情で問いかける。
 「……貰っても断ると思っているし、大丈夫ですけど」
 手に持っていたチョコレートをテーブルに置きなおした。
 「………………まったく気にならないわけじゃないですよ。そりゃ」
 李典は言いながら、むっつりと不機嫌そうに眉を寄せた。その言葉に曹仁は内心感動に近いものを覚えていた。どちらかと言えばいつも冷静で、感情の起伏を曹仁ほど豊かに表したりはしない李典だ。けれど内にはなかなか激しいものを持っているのも知っている。だが、そういう感情を己で制御できる。それが、『妬く』と言う、ともすれば幼いと、素直と思われる感情を見せるのはかなり嬉しい。
 「そういう曹仁殿はどうなんですか。私がこういうものを貰っても、またか、とか、相変わらず凄いな、とか、前から妬いてくださる言葉もないじゃないですか」
 不機嫌な顔のまま、李典が切り返してきた。
 言われて考えてみれば、あまりそういうのを見ても嫉妬らしい嫉妬をしないのはおそらく、李典がしっかりしているから、だと思う。それに相手を見ていると、たとえ本気だとしても、李典を押し切るほどの強さを感じられないことが多いからだ。
 「……そういうのにまで妬いておったら、身がもたんしなぁ」
 「え?」
 「いや、こっちのことだ」
 「誤魔化さないではっきり答えてください」
 追及の手を緩めない李典に曹仁は苦い顔をする。
 「……小さいことまで気にしとったら、こっちの身が持たんわ。……だいたい、俺のことはお前が一番良く知っておるんだろうが」
 言われて李典は、虚を衝かれたように目を丸くして、それから赤面する。自分で言うにはともかく、相手に言われると何とも恥ずかしいものがあった。
 「──────、……ここでそれを言いますか」
 「お前がそう言ったんだろうが! そんなもんを気にしているなら、最初からお前と一緒にはおらんわ!」
 最初から同性を好む嗜好ならばともかく、そうではない上で男の恋人を持つには相当の苦悩と決心が必要だった。だから現在では多少の色恋沙汰では動揺も揺るぎもしない。
 「…………確かに、曹仁殿は細々と気を回したりしませんものね……」
 「お前な」
 赤面しつつも、何となく曹仁を見れなくなった李典はそっぽを向く。そんなふうに照れを見せる李典はあまり見れないので、曹仁は手をテーブル越しに伸ばして李典の顎を掴むとこちらへ向けさせた。しかし李典は視線を合わせない。
 「こっちを見ろ、李典」
 「いやです。手を、離してください。ご飯の用意をしなきゃいけないんですから。それとも、いらないんですか?」
 「いるが、こちらを向くぐらいできるだろうが。いつもは必要以上に俺を見るくせにこういうときは見ないのか」
 「……必要以上ってなんですか。あれは、曹仁殿が変に誤魔化そうとするからじゃないですか!」
 李典は曹仁の手を振り払って声を上げた。それに曹仁も反論する。
 「お前が追求するからだろうが! はっきりせんと気のすまん性格なのは分かるが、俺もあやふやなのは嫌いだが、ああいうときくらいは空気を読め!!」
 「何をいい歳をして意気地のないことを! 恥ずかしいのは分かりますけど空気を読むだけではいけないときもあるのだと分かってください! 言葉にしないといけないときもあるのですから! だから曹仁殿は女性にモテないんです!」
 「それとこれと関係あるか!」
 「ありません! でも重要です!!」
 いつの間にやら李典は曹仁に直接向かい合っているのだが、双方気がついていない。お互い、怒鳴りあって一息ついて肩で息をする。物凄く不毛な言い合いをしている気がしていた。
 「……曹仁殿がこういうことには意気地なしで物凄い照れ屋で、そのくせ他の人のアプローチには肝が据わっているのに鈍感なのはよく分かりました」
 「貶すしかないのかお前は」
 「貶してません。褒めてもいませんが」
 「思い切り貶しておるだろうが」
 「気にしすぎです。もうご飯にしましょう、お腹、空いているでしょう」
 「………………おう」
 「チョコレートは片付けてください。ご飯の後で食べましょう」
 背を向けてキッチンに向かう李典の後ろ姿を、曹仁は片付けながら、憮然とした顔で見送る。が、一つ思いついてその背に声をかけた。
 「李典」
 「何ですか」
 「お前はないのか、俺に」
 バレンタインの。
 「ありません。去年だってあげなかったじゃないですか、チョコは。貰った分だけでも相当あるのに」
 「そうだが……ないのか? 何も」
 「………………」
 言葉の裏に隠された意味を分からない李典ではない。去年も、『チョコレートは』あげなかった。
 「……そんなに食べたら食中り起こしますよ」
 「誰が起こすか」
 「………………まだ14日じゃないんですから、我慢してください」
 「おう」
 14日が日曜日で良かったと、のちにしみじみと曹仁も李典も思った。











何を書きたかったのかと問われれば、いつもどおり、単にいちゃつく二人が書きたかっただけです!
支離滅裂ですみません。
李典さんは物腰爽やかで丁寧だし、真面目で頭がいいので女性にはきっと人気があると思います。多少融通はきかないところもあるけれど、自己中ではないので。曹仁さんは豪快で大雑把なので、女性の人気はさほどないと思いますが、好かれるときは本当に好かれると思う。色恋沙汰に発展しないけれど付き合っていきたいタイプかなと。


戻る

designed