真赤―まそほ―

白日




 仕事帰り、用事があって寄った地下街で馴染みの顔を見つけた。従兄の曹仁である。曹仁は花屋の前で腕を組み何やら熟考していた。店員は強面の従兄を気にかけながらも、他の客の対応をしている。
 「こんなところでどうしたんだ、兄上」
 「子廉」
 声をかければ眉間に皺を寄せたまま振り向く。
 「花屋にいるなんぞ珍しい、誰かにやるのか?」
 「あー……まぁ、なぁ」
 どうにも歯切れが悪い。曹仁はがりがりと頭を掻いてから、体ごと曹洪の方へ向き直り、顔を近づけ、声を抑えて尋ねてきた。
 「子廉、お前、ホワイトデーに何を相手にやる?」
 「は? ホワイトデーって……ああ、そうか」
 一瞬眉を寄せたが、質問の意図を察して頷いた。
 「バレンタインのお返しに、李典にやるものを考えていたのか」
 曹仁は照れくさそうに曖昧に唸る。
 「普通、一番妥当なのは菓子とか花だと思うが、相手は李典だしなあ」
 「ああ。いまいちどれがいいのか分からん」
 他にもアクセサリーや服や靴という手もあるが、それはどちらかと言えば女性が喜びそうなものだろう。しかも服飾品は相手の好みを熟知していないと、外してしまうこともある。問題があまりなく外したとしてもそこまで後腐れもないのは食べ物が一番だろうが、そういうありきたりな物でいいのだろうかと曹仁は考えているようだった。
 「だが下手に高い物やら後に残るような物を買っていけば、いろいろツッコミが入るんじゃないか?」
 「………………」
 返答はないが、泳いだ視線がそれを肯定していた。
 「悩むんなら、一緒に出かけて、あいつの欲しい物を一緒に選んで買ってやるとか、ちょっといいところで食事をするとかはどうだ? 大っぴらにせん限り、あんまりそういう間柄とは気が付かれんだろうし」
 「しかしなぁ」
 「まぁ、李典のやつはお返しなんぞはあんまり気にせんと思うがな。そういう物を期待してやっているわけじゃないだろうし、兄上に貰う物なら、何だかんだ言っても嬉しいんじゃないか?」
 その言葉に曹仁は、そうだろうか、と首を傾げたがどこか上機嫌な様子でもあった。
 「お前だったら何をやる?」
 「え?」
 一瞬、ぎくり、とした。
 「……誰に、何を?」
 一間置いてから、何気なさを装って曹洪は尋ね返した。
 徐晃との関係は一応は秘密のことだ。しかし李典は知っている。そして他の従兄である曹操と夏侯惇も明確な言葉にしては言わないが、気が付いていた。まったく知らないのは曹仁と夏侯淵だろう。李典は人の秘密を軽々しく口にはしない。他の二人もそうだ。だとすれば、気が付かれたのか。曹洪は曹仁の返答を待った。
 「そりゃあ、貰った相手にお返しを、だ。と言うかお前、今、彼女いたか? そういや、最近はそんな話を聞かんが」
 「……いや、いない」
 どうやら気が付かれていないようである。内心、ほっと安堵のため息をついた。いくら従兄とはいえ、知られたくないものだ。いや、そもそも別に徐晃とはそういう間柄ではない。ただ、あっちが勝手に側に引っ付いて離れないだけで。
 「何だ、おらんのか。俺が言うのもなんだが、そろそろ決めた方がいいんじゃないか?」
 「……そうだな」
 曹仁の何も知らない言葉に、内心をつつかれているような気分になる。
 「お、俺のことより、結局どうするんだ、兄上。李典にやる物は」
 「あー……」
 話題を無理矢理変えた。再び問題を目の前に戻されて、曹仁は腕を組んで唸りだした。
 「悩んで変な物を買うより、やはり当の本人に聞いた方がいいんじゃないのか?」
 「しかしそれじゃあつまらんだろう、こう、驚かせることができんし。それに変な物とは何だ変な物とは」
 「言葉のあやだ、深い意味はないない」
 概ね頼り甲斐のある従兄だが、どこか抜けているところがある。ごまかしたがあながち嘘は言っていない。実際、従兄が誰かにこれだと思う物を選ぶと、デザインは良くとも、サイズが違っていたり、色が好みではなかったり、食べ物であれば甘い物がそこまで好きではない相手にクッキーやフィナンシェなど焼き菓子を買ってきたりしたこともあった。チョコレートや餡子系の和菓子でなかっただけ良かったが。
 「うーむ……もっと早くにそれとなく欲しい物を聞いておけばよかったか……。失敗したな」
 いや、それはおそらくすぐに李典にばれるだろうと曹洪は内心思う。
 「あまり悩んで帰りが遅くなっても李典が心配するだろうから、ある程度で切り上げた方がいいんじゃないか、兄上」
 「うーん……」
 熟考を続ける曹仁にため息をつきつつ、曹洪は先に帰るぞ、と言ってその場を後にした。




 ────さて。
 先に帰る、と言ったはずの曹洪は何故か皮細工の店にいた。そして先ほどの曹仁と同じように腕を組んで唸っている。目の前には丁寧に作られた手作りの皮細工の商品が並べられている。
 あの後、結局曹仁は何をやるのだろうと考え、そして自分のことを振り返ってみた。そういえば今年徐晃にはバレンタインにマフラーと手袋をもらった。雪国じゃあるまいし、しかも2月だなんてもう使う期間も短いだろうにと毒づいてやったが、今年は例年よりも寒く、おまけに3月だと言うのに雪まで降る始末だ。確かに期間は短かったが、それは大いに活躍してくれて、悔しい思いをした。
 さすがにそれに対して、何もしないというのはまずいだろう。いやしかし徐晃だし、と曹洪は道ながら考えていた。だいたい、こちらはお前に何にもやらんぞとバレンタインの時に言ったが、物でなくて構いませんとか言いながら徐晃はそのまま曹洪を。
 そこまで思い出してぶるりと振り払うように一度首を振った。畜生、と小さく口の中で相手を罵る。そうだ、徐晃は勝手に押し付けて、勝手に持っていったではないか。返す必要などない。姿勢を正し、顔を上げて帰路を急ごうとした時、視界の端にこの皮細工の店が入ってきた。
 そういえば徐晃の財布が少し古くなっていた事を思い出す。
 財布は綺麗に使うと自然と金が貯まるものだと考えている。と言うより無駄遣いをしなくなるのだ。だからと言って常に新しい物を持っていろと言うわけではない。しかし徐晃のは見苦しいわけではないが古そうだったし、少し使い勝手が悪そうにも思えていた。とはいえ、使っている本人が手に馴染んでいるなら問題はないだろう。だが、そろそろ……。
 「………………」
 気がつけば曹洪は店に入って商品の前で唸っていたというわけだ。
 良い皮細工は使えば使うほど手に馴染み、艶が出てくる。丈夫で長持ちだ。多少高くとも長く使えばそれだけお得である。これなら返す物としても、毎日使えるから不必要でないし勿体なくもない。例え好みに合わない物だったとしても自分が使えばいいと考えた。それに自分が他人に何か買うなど滅多にない事なのだから、むしろありがたく思えと内心徐晃を罵りながら、曹洪はついに店主に声をかけた。



 「これを私に?」
 夕食を済ませ、徐晃が後片付けを終えて戻ってきた時に、曹洪は買ってきた物を無造作に投げて渡した。
 「一応、マフラーと手袋のお返しだ。気にいらんかったら返せ。俺が使うから」
 そっぽを向いたままそう言うと徐晃は表情を和ませて有難く頂戴しますと答えた。
 「これは良い財布ですな。さっそく使わせていただきます」
 言いながら徐晃は機能性や肌触りを確かめている。
 「おや、これは」
 声に目を向ければ、中から赤と白の水引きの紐が結ばれた5円玉が出てきた。
 「ああ、そういや店員が入れておくとか言っていたな。験担ぎだ。金と縁があるように、ってやつだな」
 「なるほど。それでは大事にしまっておきましょうか」
 財布の中身を入れ替え、嬉しそうに、開けたり閉めたり取り出したりしている。
 「しかしまさか洪殿からいただけるとは思いませんでした」
 「やかましい、俺だって気が向く時くらいある。せっかくわざわざ良いのを選んで買ってやったんだから大事にしろ」
 「勿論ですよ。洪殿も、私が送った物を大事に使ってくださって有難うございます」
 「……大事になんぞしとらんわ」
 ふん、と鼻先であしらうように突っぱねる。
 「お前に貰ったとしても、物には罪はないからな。使ってやらねば勿体ないだろう」
 「そうですな。私も、大切にいたします」
 「も、とはなんだ、も、とは。俺は大事にも大切にもしとらんと言っている」
 「はい」
 曹洪がきっちり否定するのに対して徐晃は穏やかに笑う。
 「それでは来年はそれに合わせてコートを贈りましょうか」
 「来年、て……人の話を聞いとるのかお前は」
 眉を寄せて苦虫を噛み潰したように言った。
 「聞いておりますよ。来年も楽しみにしていてください」
 「…………」
 来年も。その言葉の意味するところを曹洪は感じ取る。徐晃から視線を外し、しばらくぶすりと黙り込んでいたが、ため息とともに答えた。
 「気が向いたら貰ってやる」
 徐晃はその返事に顔を綻ばせる。
 「はい」
 嬉しそうな声に、曹洪は心底腹が立った。






晃洪でホワイトデーネタ。曹洪さんのツンぷりが相変わらずです。
最後は裏要素が混じる展開だったはずなんですが、途中から違う方向に行ってしまった。こんな良い物をもらったお礼にとか言って。お前はそういう方向にしか持っていけんのかとか言って。物とか何か切っ掛けがなくても俺は別にとか勢いでデレそうになる曹洪さんがいる予定だったのですが、ガードが堅かったようです。

仁さんは結局何をあげたんでしょうか。というか、李典さんからバレンタインに何かもらっていたんですね。(2年前の話ではあげていなかった)おそらくは時計とか鞄とか手帳とか、実用性のあるものだと思います。

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