真赤―まそほ―

青月


 「殿、今日は満月さんだ」
 許チョが空を見上げて言う。行軍を続け、暗くなってきた辺りで野営を決めることにした軍は、そこここで煮炊きの用意をしている。曹操の食べる物を作っていた許チョはまだほのかに青い空に浮かぶ月を眩しげに見上げた。
 「ほう、珍しいな。ひと月の間に満月を二度見るとは。普通なら一度しか見ないものだが」
 「そうなのか? じゃあ、今月の満月さんは働き者だなあ」
 のんびりしたその声に曹操は笑う。
 「これだけ明るいなら、もう少し軍を進めても良かったかもしれんな。ま、二度目の満月の姿を堪能するのもいいだろう」
 「そうだな、ただでさえお前は早すぎるんだから、これでちょうどいいと言うもんだ。振り回されるこっちの身にもなってみろ」
 一緒に腰を下ろしていた夏侯惇が呆れたように苦言する。曹操は眉を寄せて笑い、肩をすくめた。
 「……ふむ、そうか、何か似ていると思ったらそうだ、満月は許チョに似ているのか」
 顎をひと撫でして合点が言ったように曹操が膝を叩く。許チョと夏侯惇が、きょとんと目を丸くした。
 「似てるって、許チョが丸いからか?そりゃあお前、あんまりにも安易じゃないか?」
 「おいら、あそこまでまん丸じゃねえよう?」
 曹操は二人の言葉に首を振る。
 「確かにまあるいところは似ているがそうじゃない、満月の日は夜でも明るいだろう?それこそ行軍できるくらいに。とすれば、逆に俺の命を狙う奴らにとっては嫌な夜と言うわけだ」
 にやりと笑って言われた言葉は穏やかでありながら鋭さも持っていた。それは少し前に曹操の暗殺を企てた者たちがいたことを指している。彼らは結局、曹操の傍にいた許チョに倒された。
 「許チョはいつでも俺の命を守ってくれる。今日の満月も、暗い夜を照らして見守ってくれるだろう?」
 「なるほどな。そのまん丸の目は、どんな奴らも逃がさん明るさを持っているからな。確かに許チョは満月だ」
 夏侯惇も納得したようにうなずいた。許チョは少し照れたようにはにかんだ。
 「でもおいらはずっと殿を守るけど、満月さんはずーっとは見てくれねえぞ?三日月さんや半月さんもいるからなあ」
 許チョの中では、月は十五個あるのだと言う。日に日に姿を変えていくその様を、一つの月とは考えていない。曹操はそれを無知とは思わなかった。
 「じゃあ、三日月も半月も許チョであればいい。月が許チョだ。そうすれば、いつでも俺を見ていてくれるだろ?暗い夜の道のりを照らしてくれるだけではなく、見上げればその姿に安らぎも覚える。もちろん、ゆっくりと休める時間もくれるしな」
 「おいらが十五人もいるのか?それじゃ、飯がいくらあっても足りねえよ?」
 「そいつは困るな!兵糧が切れたらたまったもんじゃあない。やっぱり許チョは許チョでいいだろ。一人でも十五人分の働きはするしな!」
 「俺は十五人いてもいいがなあ」
 「おいおい」
 十五人もいたら面白そうだ、という曹操に夏侯惇は苦い顔で突っ込む。その、面白そうだ、で被害を被るのはこちらだ、と言わんばかりだった。
 「取りあえず、今は腹ごしらえだ。お命守っても、腹が減るのまではおいらはどうしようもできねえからなあ」
 「どうしようもできなくはないぞ。こうやって、いつもうまい飯を作ってくれる」
 「許チョ、お前、歳食ったら料理屋でも開け。その頃にゃ、こいつも一か所に落ち着けるくらい大人しくなっているだろうし……いや、無理か?」
 「無理だな」
 「そこは否定しろ!」
 悪びれもなく言う曹操に、夏侯惇は間髪入れずに怒鳴った。けらけらと許チョが笑う。明るく白い満月の下、ひと時の休息が訪れていた。







本日は『ブルームーン』だそうです。一か月に二回、満月が見える日だとか。
非常に珍しい現象なので、そのことを指して『ブルームーン』と言うそうな。
お月様で真っ先に思い出したのが、蒼天許チョの『お月様は15個だぞ』でした。

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