真赤―まそほ―

暁闇(あかつきやみ)


 徐晃はふと、目が覚めた。顔を動かし、外へ視線を向けてみれば、まだ仄暗い。起床とする時間まで、まだ随分と余裕がありそうだった。
 すぐ側にある温もりに目を向ける。ほどけた髪が僅かに首筋を覆い、寝巻きに隠れる背中と肩に流れ、敷き布の上に散らばっている。横で眠っている男はいつも自分に背を向けていた。元から横を向いて眠る癖があるのかもしれないが、徐晃は曹洪と同衾するようになってからは、目覚めるといつも背中を最初に見る。眠る前に抱きしめようがどうしようが、気がつけばこの状態なのだ。それに曹洪の難くなさが見えて目を細める。
 起き上がって少しだけ身を乗り出し、こちらを向いていない曹洪の顔を眺めた。大抵、徐晃といる時の曹洪は眉間に皺が寄っている。眠っている時はそれが少し和らいでいた。突付き甲斐のある頬を見て触りたくなったが堪える。だが。
 「………………」
 不意に曹洪が身じろいだ。徐晃は乗り出していた体を引く。低く喉の奥で唸って、ごろりと仰向けになった。
 「……洪将軍?」
 小さく呼び掛けた。すると、しばらく間があって、掛け布団の中から腕が出てきて唸りと共にごしごしと目元を、手の平でこすり始める。起こしてしまったか。
 「……洪将軍、起きてしまいましたか?」
 ささやくほどの声でもう一度呼んでみると、目元をこする手が止まり、ゆっくりと瞼が開いた。
 「………………」
 曹洪の視線に合わせるように、徐晃は手をついて体を傾けた。曹洪はぼんやりとしたまま、動かない。幾度か瞬きをし、時折、閉じられたまましばらく開かなくもなるが、忘れた頃にまた開く。体を起こしていればおそらく、眠さに舟を漕いでいるような状態になりそうだ。その無防備さに笑みが零れる。
 そして、その、起きているはずなのにどこも見ていないような寝ぼけた視線が動いて、徐晃を見た。徐晃も曹洪を見下ろしているが、曹洪は徐晃を見上げたまま、何も言わず、ただぼんやりとしている。やはり寝ぼけているようだ。それも睡魔の方が強いらしい。
 それならば抵抗されないだろうか、と思って徐晃は柔らかな頬を人差し指の背で軽くなぜた。曹洪はゆっくりと瞬きをするだけである。抵抗されるのもまたそれはそれで楽しいし面白いし好きなのだが、抵抗されないのは貴重なので満喫することにした。
 猫の喉をなぜるようになぜていると、当然と言うか、それ以上をやりたくなってくる。要するに口付けたい。しかしそれは確実に相手を起こしてしまうので、この穏やかな時間をもう少し楽しむのであれば、自重すべきだろう。
 表面には出さず葛藤していると、なでられて気持ちよかったのか、目を瞑ったまま動かなくなっていた曹洪が、再び目を開けた。目がかち合う。
 と、
 「………………」
 目はまだ寝ぼけたままだが、口を僅かに開けて何か呟くようにほんの少し動いた。それから、目元をこすって投げ出していた手が、だるそうに持ち上がる。そのまま徐晃の方へ伸びて、見下ろす形になっていた徐晃の首の後ろに回された。
 「洪、」
 将軍、と続ける前に腕に力がかかった。断固とした強い力ではないが、首の裏にかかる指にも力があり、それに少し驚いて徐晃は力に逆らわず引き寄せられる。反射的に曹洪の頭の横に手をついて、覆い被さる形になった。顔が近い。曹洪は相変わらずぼんやりしたままである。それから、徐晃の首にかかっていた手が、更に深く抱き込むように回され、曹洪自身も少しだけ体を持ち上げた。
 「──────」
 気がつけば、口付け、されていた。
 徐晃は目を見開いたままだが、曹洪は目を瞑っている。体はほぼ密着する形になっており、寝巻きを通して、じょじょに温もりが伝わってきた。
 徐晃は非常に驚いている。顔にはほとんど出ていないが驚いている。この関係になってから今まで、曹洪の方から口付けてきたことは一回たりとてなかった。
 口を合わせたままほとんど動かないが、たまに、唇が動く。寝ぼけている行為とはいえ、これは願ってもない展開だった。徐晃は自ら、具合のいいように顔を角度を変える。唇の内裏の冷たさと感触は、少し融けかかった氷の表面を思い出す。あれほど刺す冷たさはなく、心地がいい。軽く覗く歯の間を通って舌を挿し入れた。唇がふさがって、くぐもった声が上がる。気持ちが良さそうな音だった。煽られる。
 「ふ、……ん……、………………………」
 口内で柔らかく動く舌に、曹洪は目を瞑り喉を鳴らしていた。だが、ふと、沈黙がおりた。それから、びくり、と、体が硬直したのが分かる。徐晃は、自分の下で動きを止めた曹洪に気がついた。
 「………………ん、ぐ、ふ、ぅんんんっ!!!」
 突然、口をふさがれたまま曹洪が暴れだした。徐晃の首に回していた腕で肩を力いっぱい押す。体が離れて、すかさず曹洪は起き上がって、狭い寝台の上であとずさった。
 「……っ、なっ、おまっ、何をやっとるんだ!!!!」
 「………………」
 いつもと変わらぬ表情だが、徐晃はかなりがっかりしていた。目の前で真っ赤になって、反射的に布団を引っつかんで徐晃を拒絶するような曹洪はいつもどおりだったが、それでも残念だった。
 「……言っても信じないでしょうが、洪将軍からしてきたのですよ」
 「はぁ?! 何を言っとるか! わ、わしがするわけないだろう!!」
 想像通りの反応だった。眉を吊り上げ、素っ頓狂な声で顔を真っ赤にして叫ぶ曹洪はそのまま続けた。
 「寝込みを襲うとは貴様、見下げたぞ!!」
 「むしろ襲われたのは私の方なのですが」
 「嘘をつけ!! 誰が、そんなこと……っ、………………、………………………………」
 怒りに任せて叫ぶ曹洪が、不意に何かに気がついたように言葉を止めた。そして思案顔になり、じょじょに青ざめ、再び真っ赤に染まっていった。その様子を徐晃は黙って見ている。どうやら、曹洪自身の腕が、徐晃を抱きこむように首に回されていたことを思い出したのだと思う。
 曹洪の言うとおり、徐晃が寝込みを襲ったのだとすれば、曹洪の腕はそんなところにはない。もし、そうだったとしても、首に腕を回している行動はつまり、徐晃を曹洪が受け入れたと言われても否定できないのだ。
 「…………いや、違う、そんなこと……わしは……っ」
 一人でぶつぶつと、曹洪は口元を押さえて言い訳を呟いていた。どうにかして、あの行動を否定したいのだろう。無理もない。寝ぼけていたとはいえ、普段ならばけっしてしない行動だ。だが、あの行動を前向きに考えるならば、普段は表に出ない素の部分が出てきて、それは、徐晃を受け入れている、と捉えてもいいのか。これは、自惚れてもいいものなのだろうかと考える。
 「………………」
 頭の中を思考が駆け巡り飽和状態になって赤くなったり青くなったり唸っている曹洪を、徐晃は可愛いなぁと思いながら眺めた。まったく、一緒にいて飽きない。
 「洪将軍」
 そんな曹洪に徐晃は声をかける。曹洪は反射的に顔を上げた。すると徐晃は身を乗り出して口付ける。
 「っ、徐晃!!」
 一瞬、ぽかんとしたが、すぐさま睨み付けた。そんな視線をものともせず、徐晃は今度は体ごと寄せて、額に口付ける。身の危険を感じたか、曹洪は思わず後ずさった。だが、先ほど逃げた時、寝台の角に逃げ込んでいたため、それ以上後ろへは逃げれなかった。目の前にはすでに徐晃が座しており、脱出口は塞がれている。
 「先ほどの続きを致しませんか」
 「断る!!」
 即答だった。
 「起きる時刻までまだ時間がありますし、もう少し一緒にいても良いと思うのですが」
 「わしは思わん! だっ、だいたい、続きなんぞしたら、こっちがもたんだろうが!!」
 徐晃はただ口付けの続きをしたかっただけなのだが、どうやら曹洪はその行動の先を言っているらしい。徐晃自身もそれは望むところだが、曹洪の言うとおり、今からでは多分、いやきっと曹洪の身が持たないだろう。流石に仕事に穴をあけるわけにはいかないので自重していたのだが、うろたえる曹洪を見ていると、睦み合いたくなってくる。
 だが、ここで歯止めをかけないと、仕事に穴をあけるどころか、今後の曹洪との営みにも支障が出てしまうだろう。徐晃に対してはまったく気の短い曹洪は、無理強いをすればおそらく、今後、同衾すること自体を拒絶してしまいそうだ。それは非常に困る。
 「……では、起きる時刻まで、このまま一緒に眠ってはくれませんか」
 「何?」
 「何も致しませんから。ただごろごろしたいだけです」
 「………………」
 訝しげな顔をされた。しばらく沈黙が続いた後、曹洪は、がしがしと頭を掻いて天井を見上げた。
 「……寝るだけだぞ」
 「はい」
 了承を得たので、徐晃はさっそく曹洪の体を引き寄せて、布団にくるまった。
 「男と引っ付いて何が嬉しいんだお前」
 「まぁ、洪将軍だから嬉しいのですが」
 口をへの字に曲げて半眼でこちらを見てくる曹洪に、徐晃は鼻先を曹洪の髪にうずめて言った。その物言いに曹洪は半眼のままそっぽを向いて答えない。
 「洪将軍」
 「何だ」
 「先ほどの続きは、では、今夜はどうですか」
 「………………人の体の調子を考えろ」
 「しっかり気を遣います。それに今夜を逃すと、またしばらく無理そうですから」
 後ろから抱きしめる形で徐晃は曹洪に引っ付く。横髪を後ろへすいて耳を出し、その裏側に口付けた。曹洪は黙ってそれを受けている。少し、ひくりと肩が動いた。
 「……今夜になったら考えてやる」
 振り向かず、徐晃と目を合わせず曹洪は答えた。こういう返事の場合は、大抵、拒否はしない。曹洪は嫌な時はとにかくすぐさま即答する。だから、今回は多分。
 「はい」
 徐晃は曹洪に見えぬように微笑むと、自分よりも少し高い体温を楽しむために、深く顔を肩口にうずめた。







また途中で文章が消えると言う惨事が。
今回の場合は、どうやらタッチパネルが明敏な反応しすぎてしまったのが原因らしい。打っている最中、画面が別なページに飛んでしまい、慌てて戻っても保存してなかったために、文章は消えとりましたとさ。
orz

それはさておき、珍しく曹洪さんの方から〜と言う話でした。
同衾するとき中の国では昔は、お互い足を向けて寝ていたそうですが、そういうことを致した後もそうするんでしょうか。今回はその辺りはスルーで同じ向きで寝ていただきましたが。赤壁でも周瑜さん、小喬さんや幼馴染とそうしてたし。横山では足向けて寝てたけど。

徐晃さんは多分、負担がかからないようにじっくりたっぷりしっかり準備してくれると思います。(何を

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